自ら先例を手掛け、未来を手繰り寄せる。
世界初、水素燃料船開発プロジェクト

世界初の水素燃料旅客船は
いかにして実現したのか

世界初となる水素燃料旅客船「Hydro BINGO(ハイドロびんご)」が2021年7月12日に竣工しました。来たるべきカーボンニュートラル時代において、水素は最も期待されている次世代エネルギーの一つです。

 

しかし、水素社会*1実現の道筋はまだまだ道半ばであり、各種法整備も十分ではありません。開発にはさまざまな困難が予想されるなか、ツネイシクラフト&ファシリティーズは、いかにして世界初の水素エンジンを搭載した旅客船を作り上げたのか。その思いと取り組みについてご紹介します。

 

*1 水素社会:人々の日常生活や経済活動などに水素を使うことが浸透した社会のこと
Hydro BINGO(ハイドロびんご)概要と性能

ユニークな発想で新しい価値を創り出す
小型船舶の専門メーカー

ツネイシクラフト&ファシリティーズ(以下、TFC)はアルミ合金製の船舶の建造を中心に手掛ける造船会社です。クラフト事業、建設事業、救命艇事業という同社の3つの事業分野において、主力となるのが常石造船のクラフトエンジニアリング部をルーツに持つクラフト事業です。

 

同事業部門が手掛けるのは、1船1品ごとに設計する個別仕様の船舶であり、税関監視艇など官公庁船や消防艇、パイロットボートなどの作業艇、離島と本土を結ぶ高速旅客船など、バラエティに富んだ小型船を建造しています。

 

近年ではバッテリーを動力源にしたゼロエミッション船など脱炭素時代に先駆けた革新的な船舶を次々と世の中に送り出し、日本船舶海洋工学会が主催する「シップ・オブ・ザ・イヤー」では複数回の受賞に輝くなど、業界内においても先進的でユニークな船づくりをする企業として知られています。

騒音や振動が少なく、排気ガスを排出しない電気推進旅客船「fugan」
日本最大級の19 総トン型電気推進式遊覧船「vibes one」
日本船舶海洋工学会が主催する「シップ・オブ・ザ・イヤー」では複数回の受賞実績。Hydoro BINGOも小型客船部門賞を受賞(2021)

新たなエネルギーの可能性を探る
水素燃料船への挑戦

低炭素社会の実現に向けて、新たなエネルギーの候補として、TFCが最初に検討したのが「電気」でした。2012年に建造した「あまのかわ」はリチウムイオンバッテリーによって電気モーターを駆動する日本初の電気推進旅客船で、主に遊覧船として活用されています。その後も3隻の電気推進船を建造しましたが、いずれも遊覧用途に限られていました。建造を重ねた結果、鉛蓄電池やリチウムイオンバッテリーでは高負荷が求められる業務用の船舶での活用には限界があったのです。

 

そのため次なる新エネルギーの有力な候補として浮上したのが燃料電池としての水素でした。しかし水素は流通手段が整っている軽油などと違って、調達できる場所が限られていたのと、燃料電池では十分な出力が得ることが難しい点が課題とされていました。

 

そこに浮上したのが、ベルギーの海運大手CMB(Compagnie Maritime Belge)社が持つ、水素と軽油の混焼エンジンでした。軽油との混焼であれば、何らかのトラブルで水素の供給が止まっても航行の継続性を確保できます。水素の混焼船を自ら建造すれば、水素の使用に関するルールなども模索できる。船舶における水素活用へのステップ、言わば「未来の呼び水」とすることはできるかもしれない。

 

2019年にCMB社と世界初の水素燃料旅客船の実用化を目指すことで合意し、日欧共同での建造がスタートしました。

前例もルールもないなかで
水素燃料船というエポックをつくる

水素を燃料とした船舶を設計するうえで、一番の難題は安全性の確保でした。配管やタンクから水素が漏れたときの対処や、安全区画はどのように設定するのか。

 

通常、船舶の設計はルールによって定められた基準を満たすように行うことで安全性が担保されます。しかし、国や業界団体には水素を燃料として扱う船舶に適合するルールが存在しませんでした。そこで、客観的な基準を見出すため、自社でリスク評価委員会を設置し、専門家の意見などを参考に妥当性のある評価基準を設定し、検査機関に一つ一つ承認を得ながら設計を進めていきました。

 

とはいえ前例のない設計作業であり、スペースに余裕が少ない19総トン型という小さな船の中で、どのように安全を確保しながら配管を通すべきかについては、30回以上にわたってレイアウトを書き換えることになりました。

 

さらに、もうひとつ私たちに困難をもたらしたのがコロナ禍による渡航制限でした。建造工程においてパートナーであるCMB社のエンジニアが来日できない状況が続いたのです。とりわけ、エンジンの調整はエンジニアの手腕にかかってきます。TFCには未経験の作業であり、設定作業後に英国に報告し確認してもらい、その結果を受けてもう一度調整するというやり取りを繰り返しました。しかしそんな逆境も、世界初を実現しようとする社員たちの熱意によって跳ね返し、ついに竣工に漕ぎ着けることができました。

Hydro BINGO(ハイドロびんご)のエンジンや内装

誰かがやるではなく
自らがやる

世界初となる水素燃料旅客船「Hydro BINGO(ハイドロびんご)」が2021年7月12日に竣工して1週間後、TFCは一般財団法人日本海事協会(ClassNK)より、組織を対象とする「プロバイダー」向けイノベーションエンドースメント*2として第1号となる認証を受けました。多くの方は、水素社会の到来はまだまだ遠い未来のものであると思っているかもしれません。しかし、誰かが、一歩を踏み出さなければ、その未来が動き出すことはありません。「イノベーションを生む組織」としての追い風も受け、TFCの挑戦は続きます。

 

*2 イノベーションエンドースメントとは、2020年7月よりClassNKが行っている、革新技術の普及、発展を促すべく、技術的先駆者であるフロントランナーとの協働により適切な評価基準を策定するのと並行し、迅速に作業を進める認証サービスです。分類の内「プロバイダー認証」は、企業をはじめとする組織を対象として、ESGに配慮した経営やSDGsの追求を進める中、サステイナブルで競争力あるビジネスの確立に向けて、ビジネス手法や組織そのものを変革していく企業の取り組みを認証します。